令和からの贈り物:国境の長いトンネルを抜けると雪国であった
- 澤 明
- 2025年3月7日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年8月19日
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった」という美しい3文。白くなった夜の底、とはなんとも素晴らしい。著名な川端康成の小説「雪国」のオープニングだ。この美しい情景は、長い清水トンネルを抜けた新潟県湯沢町土樽駅のもので、僕は小学校4年生だったかの12月に経験した。上越線が群馬県水上駅を出たあたりから、喜んで文庫本を取り出してそれを片手に持って、群馬サイドの湯檜曽からの長いトンネルを抜けるのを待ったものだった。白さ一面なのだろうか?心に染みわたる土樽の白は音を全て吸収していた。社会の発展、そして科学技術の発展は、こうした感慨をどんどん壊していくとされる。事実、その上越線の光景はすぐに上越新幹線の完成により上書きされてしまい、上越新幹線は高崎を過ぎるとほとんどがトンネルだらけで旅情に乏しいものとなった。
昭和は平成になり、そして令和。何もかもが早くなり、人工的になり、能率だけを追った味わいの薄い世界になっていくのだろうか?私が日本にフルタイムでいたのは平成9年まで。平成の前半から半ばにかけて日本との関係が大きく途切れてしまった上、ご縁が少し蘇った平成後半には浦島太郎の気持ちに苛まれ、令和のはじめはコロナパンデミックでまた遠く閉ざされていた。キャリアのマラソンが中間点に近づいたここ1、2年、ようやく日本を再び実感しようという気持ちがおこっている。この「新しい」日本は、心豊かなものだろうか?旅情は深いだろうか?
以前お伝えしたように、昨年からウィンターカンファレンスの開催に関わっています。今年からはこのカンファレンスの名前をIC2NEMOとし、来年からはご後援をいただいていた骨免疫学会からも独立して継続開催していくことになりました。昨年も今年もこのカンファレンスは長野県の北信濃野沢温泉でやっています。野沢とは?多くの日には雪がない長野市から千曲川沿いをくねくね走るローカル線(飯山線といいます)、あまりに遅いその列車に飽きた頃、どの峠を越したわけでもないのに、忘れた頃に何故か雪も少しずつ増えていて、ああ着いたという、要するに「遠い」ところ。昭和の話です。学生時代に競技スキーをした私にとって、飯山なり野沢温泉にはこれ以上の思い入れは持てないというほどの、35年前のいろいろな記憶があります。
令和の今は?なんと新幹線でこの温泉場の近くまで直行できるのです。長野からわずか10分、この飯山という静かなローカル駅が新幹線の拠点となり、野沢温泉の最寄りになりました。昨年1月、そのウィンターカンファレンスに行くべく、僕はこの新幹線の乗客になりました。長野市には予想通り雪は全くありません。昭和の時はここから1時間以上の旅でした。さて令和の新幹線車掌はあと3分で飯山に着くとアナウンスを始めたのに、まだ雪はありません。地球温暖化が進む昨今、もう飯山駅には雪などないのだろうか?心配でした。その時、意外にもトンネルでした。それからの2分は、50年近く前に「雪国」の本を片手に持った20分のように「長い」ものでした。私は、35年ぶりにこの「雪国」に帰ってきました。白い夕方は千曲川を美しく彩っていました。そして飯山駅に新幹線は止まりました。
その昨年1月の夕方は、これ以上なく心豊かでした。そして、今年1月のIC2NEMOの時も、同じ気持ちに勇気づけられました。何もが早くなり、人工的になり、能率だけを追っても、北陸新幹線高社山トンネルの旅は、新しい「雪国」への窓口になり、とても楽しいです。僕のキャリアマラソン後半は令和であり、その令和は好きです。

